円環・不条理

金沢文庫に雪が降った。関東の春先の水気の多い雪。このような春先の関東の雪は通常次の日には完全になくなる。しかし僕たちは喜んだものだ。北海道に旅して雪は厄介者であることを身にしみて知っていても、横浜の雪は楽しい(雪国の人には申し訳ないですが)。普段見られない町の明かりと白い雪がほのぼのとした美しさに浮かび上がる。。。金沢文庫のすずらん通りにも雪。。。狭い路地の商店の灯。。。

横浜金沢文庫の雪(自宅マンション4Fベランダから) 横浜金沢文庫の雪(京急金沢文庫駅近接のすずらん通り)

 

雪にまじって。。。温もりの風景。。。懐古の情。。。寂静。。。演歌が聞こえてくる。。。

 

 

ちあきなおみの「さだめ川」シングルジャケット

さだめ川 (1975年のヒット曲)

作詞:石本美由起 作曲:船山 徹  うた:ちあきなおみ

♪ 明日のゆくえ さがしても

この眼に見えぬ  さだめ川

あなたの愛の ながれるままに

ゆるした夜は 雨でした

 

ふたりの恋を  憎むよな

うわさが辛い さだめ川

故郷の町を 逃れる旅は

いずこの山か また海か

 

すべてを水に ながしては

生きていけない さだめ川

あなたの愛に つぎの世までも

ついてゆきたい わたしです  ♪

 

「さだめ川」は今は亡き石本美由起の代表曲。ちあきなおみさんの歌唱は感情のリアリズムであふれている。“・・・あなた~の~ あい~の~ ながれ~る~ま~ま~に~・・・”(1番)、反復される心情をちあきさんは消えかかるように搾り出すように歌う。。。日本の歌謡曲を沢山カヴァーしたテレサ=テンのアルバムにもこの「さだめ川」は収められている。テレサ=テンはこの歌の哀愁をつややかに母性的な優しさに包み込んで歌っている。

 

男女の情愛の不条理。恋愛のどうしようもない形。。。 キェルケゴール(1813~1855 デンマークの哲学者 有神論的実存主義の創始者。「死に至る病」「あれかこれか」など)が示した「美的実存」の段階と「倫理的実存」の段階。。。しかしこの哲学者の述べる救いの段階つまり「宗教的実存」の段階はリアリズムであろうか?

 

“親のこころにそむいてまでも 恋に生きたい 二人です・・・息を殺して身を寄せながら・・・”(石本演歌「矢切の渡し」)。。。

“逢うたひと夜の情けを乗せて・・・肌を寄せても明日は別れ・・・添えぬさだめと知りながら・・・今は他人じゃない二人・・・”(石本演歌「長良川艶歌」)。。。

 

。。。近松門左衛門の「曽根崎心中」しかり、ドニゼッティのオペラ「ランマームーアのルチア」しかり。。。クリムトの絵画に登場する退廃と耽美と情愛。

 

クリムトの代表作品「接吻」  

 

グスタフ=クリムト(1862~1918 ウィーン ウィーン分離派の画家)。このクリムトの代表作品「接吻」はクリムトの他の作品と同様不安定で円環するような男女の情愛のリアリズムが耽美的に描かれている。クリムトの絵画に魅了されるのは金色を用いたその装飾性そのものにあるのではなく、その装飾性が人間のはかないリアリズムを表現するために用いられているからである。クリムトにおける金色の装飾は人生のはかなさ人生の不安定さそのものである。

 

女性の足が床?大地?にかろうじてひっかかっているのはオーストリア及びオーストリア=ハプスブルク家の衰退を象徴しているといわれる。

 

同時に19世紀末の世紀末芸術は耽美と退廃と冷笑を表出する。しかしそれは人間の普遍妥当的なリアリズムであり実際である。

 

ドニゼッティのオペラ「ランマームーアのルチア」のDVD

 

イタリアの作曲家ドニゼッティ(1797~1848 イタリア)のオペラ「ランマームーアのルチア」は敵対する家同士の狭間の中でやがて迎える恋愛悲劇を描いたプリマドンナ・オペラ。音楽の美しさに魅了される。

 

第1幕最後の別れの二重唱「ああ!私の燃えるため息が(“verranno a te sullaure・・・”)」は美しい旋律に熱い感情がほとばしる。オーケストラとハープがこの二重唱を包み込む。優しい風の音と波のさざめきを奏でる。このオペラ中最高の名旋律である。マリア=カラスとフェルッチョ=タリアヴィーニの二重唱は本当に二人は恋愛していて別れがたい別れを歌っているかのようだ。カラスの感情移入が感動を呼ぶ。。。

 

第3幕クライマックスの「狂乱の場」~この頃のプリマドンナ・オペラにはこの「狂乱の場(マッド=シーン)」が見せ所として設定されていた~は 不幸な恋の結末をルチアが狂乱して歌う長大なアリアである。「優しいささやき“Il dolce suono・・・”」と題されるアリアである。“・・・私の死骸の上に苦い涙を注いでください・・・(il mio terrestre velo, mentre lassu nel cielo・・・)”と歌いあげていく。。。この「狂乱の場」には華麗で楽器のようなコロラトゥーラ・ソプラノとフルートの二重唱?二重奏?が登場する。マリア=カラスに勝るとも劣らずエディタ=グルベローヴァのソプラノは数ある録音の中でも最高の「狂乱の場」である。超絶的で圧倒的である。

         

  ああ!私の燃えるため息が

                     (第1幕ラストを飾るルチアとエドガルドの別れの二重唱 リブレットはイタリア語)

♪ ああ!私の燃えるため息が

そよ風に乗って あなたに届くでしょう

呟く海に あなたは 私の嘆きが

こだまするのを お聞きになるでしょう

私が 嘆き悲しんでいることを

思いやって

この誓いの印の上に そそいで下さい

・・・・・・

覚えていておくれ 天が私たちを結びつけたのだ  さようなら ♪

 

近松門左衛門の「曽根崎心中」のDVD

    「この世の名残、世も名残、死にに行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づつに消えて行く、夢の夢こそあはれなれ。

あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘の響きの聞き納め、寂滅為楽と響くなり・・・」(「曽根崎心中」の名文 死出への道行文)

 

義理と人情。 理性と情念。法と自然。手段と目的。建前と本音。。。。結局生きている以上生きていることの証として人はその証を選択せざるを得ない。。。

近松門左衛門の「曽根崎心中」はこの21世紀に日常的に存在する。自由な精神を阻害しているのは、教育。。。道徳。。。。

 

円環。不条理・無常。不安定な時間。

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