歴史の町「横浜金沢八景」

 

 海の公園から薄暮の八景島を望む 金沢八景「海の公園」から薄暮の八景島を望む 横浜金沢八景「海ン公園」の案内板

初秋の金沢八景「海の公園」。横浜の市民ランナーが八景島を望む「海の公園」で汗を流す。。。潮風が心地よい。。。スーラの名画「グランド・ジャット島の夏の日曜日の午後」のように穏やかな時間が流れる。人の笑い声が風と潮の音に紛れる。。。薄暮の群青色の空が八景島の夜景を演出する。休日の幸福な時間。

 

  横浜市立大学 横浜市立大学

“若き日みじかし真理は遥けし。。。民主と自由の紅さす曙 。。。みどり明けゆく歴史の半島。。。”と校歌にもあるように、わが母校横浜市立大学が近代日本の開港地横浜の歴史を感じ、言葉に忠実な意味において21世紀のコスモポリタニズム(世界市民主義)の旗手として発展せんことを期待します!ちなみに当大学では砂漠でも栽培可能な小麦の品種改良の研究が行われているそうです。「横市大小麦」というブランドも近い将来出現するかもです??

春雪の京急金沢八景駅

京浜急行金沢八景駅から国道16号線を横断、東京湾のほうに向かってシーサイドライン沿いに徒歩20分くらい、小高い丘「野島」がみえる。野島のふもとには伊藤博文の金沢別邸が復元されて静かに佇んでいる。入場料は無料。

 

日本の近代は良くも悪くも長州藩出身のこの伊藤博文によって進められてきた。伊藤博文は明治憲法起草に当たって民権派など妨害を避けるため横須賀沖の無人島「夏島」~いわゆる夏島別荘(現在は焼失してない)~で伊東巳代治・井上毅・金子堅太郎とともにその草案完成に専念した。さて以下の写真の「金沢別邸」は憲法起草(1889年)後もずっと後(1897年)になって伊藤博文が愛着を持っていた金沢八景に建築したものである。さらに現在の復元建築のものは2009年伊藤博文没100周年を記念して再建されたものである。

  伊藤博文の野島別荘(復元) 大日本帝国憲法起草の記念碑(金沢八景)

この中には、1909年ハルピン駅頭で暗殺される直前の写真等伊藤博文に関する幾枚かの貴重な写真や書が展示されている。金沢八景は八景の名にふさわしく風光明媚な町である。逗子・鎌倉とみなと横浜・東京を結ぶ結節点でもある。観光と歴史に溢れている。

  伊藤博文の野島別荘(復元)から八景島シーパラダイスを望む 伊藤博文の野島別荘(復元)から八景島シーパラダイスを望む

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