♪エオリアン・ハープ他 ショパンの哀愁と情熱

♪♪♪エオリアン・ハープ  練習曲第25番♪♪♪

 日没(愛知県豊橋市)

懐かしむように優しく奏でるアルペジオ風なこの小品はロマンティックで切ない。

 

産婆法はソクラテスの問答法の手法、自己矛盾に至らしめ、自ら過ちを認めさせる。大ヒット(中?)懐かしいTVドラマ「刑事コロンボ」でコロンボが容疑者を追い詰め自白に至らしめる方法こそこの産婆法であるそうだ。ソクラテスの問答法をショパンの音楽に結びつけるのはかなり無理が有ることを認めるとしても、コロンボシリーズの中の人気作品「黒のエチュード」につなげたかったわけで、ようやくショパンに追いついた…その結びつきは具体的には以下のとおりである。

このストーリーは、南カリフォリニア交響楽団の指揮者アレックス(俳優ジョン=カサヴェデス(1929~1989)が演じる)は愛人で結婚を迫る若き美人ピアニストのジェニファー=ウェルズを自らの社会的地位と名声を守るために殺害する。彼女との最後の別れとなる、つまり彼がピアノを弾いている彼女の後頭部を灰皿で殴打し彼女は殺害される、その際に彼女が演奏していた曲がショパンの練習曲25番「エオリアン=ハープ」。

 

 

【刑事コロンボ「黒のエチュード」の場面】

ジェニファー:アレックス、奥さんと別れて私と一緒になることを決断してくれた?

       あなたは奥さんと別れて私と一緒になることで指揮者の地位がなくなるのを恐れているのよ。

       大丈夫よ、あなたは1人でも才能があるから。ただ少し気が弱いだけよ。

……

アレックス:ジェニファー、こうも頭がむしゃくしゃするときは音楽に尽きる。何か弾いてくれ。

ジェニファー:いいわ。何がいいの?

アレックス:こういう時はショパンにかぎる。

ジェニファー:いいわ。

【・・・この「エチュード」の演奏が始まる・・・

 1~2分後、灰皿でジェニファーは後頭部を殴打され殺害され、床に倒れる。。。】

 

この1~2分に彼女が弾く「エオリアン・ハープ」はとてもロマンティックで切ない。

 

 ♪♪♪ノクターン第20番 嬰ハ短調

「遺作(レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ=とりわけ表情を込めてゆっくりと)」

*ここでいう遺作とは最後の曲という意味ではなく未発表の曲という意味♪♪♪

哀愁と懐古の情感が沁み渡る。この曲の演奏は極上のレントのテンポで演奏されたい。懐かしく優しい思い出が通り過ぎるように。水面に漂う木漏れ日、春風に紛れる潮騒、その中を駆け巡る過ぎ去りし思い出。

しかしその印象とは少々異なり、ショパンの作曲系譜を調べる限り、1830年頃、故国ポーランドにいる妹ルドヴィカのために作曲された曲であるそうだ。それはともかくショパンの21曲のノクターンの中で第2番と並んで最も人気のある曲とされる。

とても暗い調べの中にわずかに明るい陽射しがほほ笑む、その弱弱しくも何か憧れや希望をほほ笑む。ショパンが吐露する心情をそのメロディーに託す。

森のライト(札幌近代美術館) 

映画「戦場のピアニスト」で有名になってからこのノクターンはポピュラーになったそうである。そういえば先日テレビの「西村京太郎」シリーズのサスペンスドラマの1シーン~それは恋人が殺された主人公の女性が恋人との思い出を回想するシーン~のバックにバイオリンの演奏版でこの曲が印象的に流れていた!!

 

 

演奏:根津理恵子(p)。心情深く沁み入る名演です!!

 

演奏:パールマン(vn)。感情移入をコントロールした美しい演奏!!

 

 ♪♪♪雨だれ 前奏曲第15番♪♪♪

窓に雨粒が打ち付ける。ヴィヴァルディの「冬」のみぞれのように。。。雨粒をピアノが連打する。甘美で何か物静かで内省的なメロディーが雨粒の連打に重なりながら歌う。とてもゆっくりとした静かな時間と空間。ショパンはいつも内面の吐息が漂う。いつも寂しげでその音色は結晶化している。ショパンのピアノの音色に結晶化した寂しさが共感を呼ぶ。ショパンはいつも共感の中にある。ある精神医学者が鬱の時は「ブラームスを」、躁の時は「ロッシーニを」を聴くといいと言っているのを何かの本で読んだことがあるが、いずれも「共感」ということのようだ。ショパンはそれに似ている。音楽・美術・文学といった芸術には「ランクラージュマン(L Encourgement 仏)=安らぎ・励まし *ソルのギター二重奏曲Op34・1~3」が寄り添う。

 

 ♪♪♪マズルカ 第23番♪♪♪

ブーニンは爽快なタッチでクリスタルだ。感情移入をほとんど認めない。ロマンティックなショパンはそこにない。ザハリッシュだ。ピアノという楽器の音色に最大限の集中がもたらされる。ピアニスティックな演奏である。舞踏のマズルカではない。仕上がりの部分は巻き上げるような「ブーニン節」で終わる。アルゲリッチのような超絶技巧でありながらそれをはるかに超えた生き物のような演奏である。いっぽうブーニンはテクニックが際立つ演奏である。ショパンの曲は技術の上に内面性を切り離せない。アルゲリッチは最高のショパンのスペシャリストだ。

 

♪♪♪ピアノ協奏曲1番♪♪♪

この曲の最高の名演を誇るアルゲリッチ&アバドである。「青年」アバドは今は故人となった。アバドはムーティと確執があったそうであるが、この演奏を聴いているととてもうれしそうにこの曲の中にいるアバドが浮かぶ。そう、ロッシーニの演奏の時のように。。。時は早くたつものだ~ アルゲリッチは音楽を生き物のように再現する。技術はそのための手段に過ぎない。特にこの曲の最終楽章におけるたたみかけ疾走する奏法は幸福感に満ちた人の喜びでキラキラしている。何か喋っているようだ。ショパンこそ語りかける心情を揺らす演奏がマッチする。