交響詩“英雄の生涯”(1898年 リヒャルト=シュトラウス)

音楽史ではリヒャルト=シュトラウス(1864 ミュンヘン~1949)は後期ロマン主義の作曲家さらに20世紀前半の前衛作曲家に分類される。19世紀後半から20世紀前半に活躍した。豊かで多彩な管弦楽手法と作品。不協和音や多調性や多様なリズムは古典的形式からの脱却、クラシック音楽における「進歩・発展」の具現、しかしその後の現代音楽と自らの作品を比較すれはすでに古色然としているとシュトラウス自身が晩年に自らの音楽を評しているようだ。

しかしながら、音楽という手段を通して何かメッセージを奏する者・聴く者に伝えるのが音楽であるという前提に立てば、「古い」という表現は適切ではない。特に「英雄の生涯」第3楽章のヴァイオリンがのびやかに時には官能的に奏されるのを聴けば…

 

カルロス=クライバー&WPO盤

カルロス=クライバー指揮ウィーン=フィルハーモニー

*モーツァルト「交響曲36番“リンツ”」「交響曲33番」/ブラームス「交響曲2番」/R.シュトラウス「英雄の生涯」からなる2枚組CDジャケット

 

リヒャルト=シュトラウスの主要作品をジャンル別に掲げると…①交響詩:「ドン=ファン」「マクベス」「死と変容」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ツァラウストラはかく語りき」「ドン・キホーテ」「英雄の生涯」、②交響曲:「家庭交響曲」「アルプス交響曲」、③協奏曲:ヴァイオリン協奏曲、ホルン協奏曲第1番と第2番、④管弦楽曲:「日本の皇紀二千六百年に寄せる祝典曲」(1940年の日独伊三国軍事同盟を祝す曲)「メタモルフォーゼン」、⑤オペラ:「サロメ」「エレクトラ」「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「影のない女」「町人貴族」「無口な女」、⑥「4つの最後の歌」(1948)「あおい」(1948 遺作)など。

資料によれば、交響詩「英雄の生涯」(1898)はシュトラウス最後の交響詩。作品系譜前半の集大成のような作品。この6部構成~以後ここでは便宜上楽章という言葉を用いる~からなる交響詩の第5部「英雄の業績」にはそれまでの作曲家自身の交響詩作品のモチーフが次々に登場する。つまり、ドン=ファン」「マクベス」「死と変容」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ツァラウストラはかく語りき」「ドン・キホーテ」のテーマ。「英雄の生涯」の英雄とはリヒャルト=シュトラウス自身を示すといわれる。

 

交響詩というジャンルゆえに、叙事詩的に回想的に各楽章がしかも切れ目なく演奏される。最近テレビなどで多用される「圧巻」という言葉は同一事象内部できわだっている部分を指し、他事象も含めた他者との比較で用いる「圧倒」と区別して使用しなければならない。その前提に立てば、「英雄の生涯」の圧巻は、個人的にはヴァイオリンのソロが聞きどころとなる第3楽章「英雄の伴侶」だ。通常このソロをコンサート・マスターが担う。なお、鬼才カルロス=クライバー盤のリリースにはウィーンフィルのコンサート・マスターであったライナー=キュッヘルによるリリース辞退がらみというエピソードが伝わる。それはさておき、交響詩はこのように切れ目なく演奏されることによってその物語性・叙事詩性効果が浮かび上がる点も鑑賞のしどころだ。

 

このクライバー盤は角のとれた流麗でかつ単刀直入な演奏。そのほかカラヤン、ラトル、ショルティ、ベーム盤など同曲名演奏に関しては雄弁なコレクター・評論家に任せるとして、シュトラウスのナチス協力疑惑が気がかりだ。20世紀前半ドイツにおける名だたる文化人に対する「踏絵」の歴史。息苦しい独裁者の狂気の歴史。しかしいつも立ち戻るのは結局はファナティシズムやポピュリズム。薄氷のデモクラシー。