小樽歴史探訪

 

小樽港の夜景

小樽は日本海側に位置する日本を代表する観光都市。かつてはにしんなど海の幸で繁栄し、北のウォール街とも呼ばれ、現在でもそれを証するかつての金融機関の建造物が歴史的建造物として目を楽しませてくれる。小樽商科大学の存在もいかにも北の商業都市小樽を証明している。小樽を語る場合、ガラス工芸品・オルゴール・寿司・運河・倉庫群ばかりではない。数多くの重厚な歴史的建造物こそ小樽である。その代表的建築は東京駅や日本銀行本店の設計者でもある辰野金吾による旧日本銀行小樽支店である。現在は明治時代以降の日本の経済に関する資料館となっており、「松方財政」など日本の近代経済史に関心のある人を夢中にならせてくれる。必見。

旧日本銀行小樽支店  小樽商科大 かつて北のウォール街と呼ばれた小樽を示すバス標識

旧日本郵船株式会社小樽支店ももうひとつ別な小樽である。観光で小樽を訪れるとまずはここまでは行かないというはずれにある。運河沿いに余市(西方)方面にどんどん歩いて行きオルゴール店や海産物店などいかにも小樽らしい商店を見かけなくなったあたりを少し入るとその建造物がこっちを向いて建っている。明治時代のアンティークなネオ=ルネサンス様式の石造建築である。

旧日本郵船小樽支店 [旧日本郵船前]を示すバス停 

今から100年以上前の1905年日露戦争の結末条約ポーツマス条約に基づいて同年樺太国境画定会議が開かれた。その会議開催地となったのがこの旧日本郵船株式会社小樽支店の2階の会議室である。ここで北緯50度以南の樺太が日本の領土となった。

文学・音楽・美術建築などいずれも歴史的な作品を実感するとき、目の当たりにしている作品を通してその時代の中に自分がいるという歴史的追体験をする。この空想的現実のなかでその時代の時空を共有する。そしていつの間にか歴史と対峙している。それは人生の一過性という概念に反論できる嬉々たる時間でもある。

この2階の会議室にしばらくいると、テーブルを挟んでずらっと並んだ日本の代表が対面する大国ロシアの代表に対して勝ち誇った様子が彷彿としてくる。それは明治維新以来の日本の欧米コンプレックスの逆説なのかもしれない。しかし、いっぽうにおいて、この建物の内部の木の空間や重厚さは、明治時代日本をリードしていた人たちの一途な精神や進取の気性を感動的に伝えてくれる

旧日本郵船小樽支店会議室 旧日本郵船小樽支店2階応接室 樺太の国境碑(旧日本郵船小樽支店)

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