稚内・ノシャップ岬

北海道は日露国境の結節点である。北国の北端はまさしくロシアへの窓口である。間宮林蔵が1808年行なった樺太探検への出発の地「渡樺の地」の標識が稚内の沿岸に立てられている。その地こそロシア船接近という国難に直面した江戸幕府行動の地であろう。間宮林蔵は松田伝十郎とともに極寒の地を歩き樺太と沿海州とは海で隔てられていることを発見した。樺太が島であることを発見したのは間宮ではなく松田であると言われるが、200年前のロマンを想う。間宮林蔵の足跡や伊能忠敬の地図などが北方記念館で見学できる。北方記念館は稚内開基100周年を記念して1978年建築された稚内市開基百年記念塔(高さ80m)のうちの地上2階部分。

稚内の防波堤 稚内の防波堤 稚内開基100年記念塔

 

 

地図画像

北海道の最北の地に来ると日露関係と北方領土問題の歴史を想わざるを得ない。

グローバリズムとか世界市民主義(コスモポリタニズム)がその言葉に忠実に具現してくれることを切望すると同時にその言葉はいつも虚しくこだまする方便である。歴史的にはヘレニズムの時代がコスモポリタニズムを概念的に刻み、大ローマ帝国への回帰と憧憬がグーテンホーフ=カレルギー伯爵の構想するヨーロッパ連合(1923年に打ち立てられたヨーロッパは一つのモデル)を呼び、それはすなわち現在のEU(ヨーロッパ連合)に具現した。その歴史を鑑みれば、将来我々は世界連合を夢見たい。。。

夏の稚内港 

ノシャップ岬の灯台と水族館  ノシャップ岬のいるかの時計台

稚内・ノシャップ岬は日露の結節点を実感する。日本の近代外交史を実感する。北の大地の美しい風景とは裏腹にどうしようもなく深く困惑したナショナリズムや民族の問題を感じる時間でもある。お互いを受容しあおうといっても、最終的には常にそこには譲歩と主張の綱引きがある。建前と本音が行き交う。政治という建前と経済という本音かもしれない。日常生活の人間関係だってしかりであるから。。。

 九人の乙女の碑(稚内公園)

稚内公園に建立された「氷雪の門」は樺太でなくなった人への慰霊碑であると同時に異郷の地となった樺太への望郷の念が込められた碑である。高さ2.4mのブロンズ像と高さ8mの門と大理石の霊石とからなる彫刻家(故)本郷新の作品である。同公園にはもう一つ注視すべき「九人の乙女の碑」がある。これは昭和20年8月20日樺太南部の真岡に侵攻してきたソ連軍の陵辱から逃れるために自害した九人の若き女性電話交換手を慰霊する碑である。「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら。。。」の碑文を読むにつけ戦争責任者への怒りがこみ上げてくる。しかしながら、戦争を導いた一部の無謀で無知な精神主義およびその空気に先導された日本人のファナティシズム(熱狂)は現在の日本から欠失されたのかどうかは疑問である。。。

1945年の樺太へのソ連軍侵入を描いた映画「樺太1945年夏 氷雪の門」(1974年作品)は旧ソ連からソ連にとって面白くない映画であるという苦言を呈され結局公開停止になった。しかし現在ではDVDで見ることができる。

小さなホテル[燈]の玄関の表札小さなホテル[燈](ノシャップ岬)小さなホテル[燈](ノシャップ岬)の夕食

小さなホテル[燈]でプレゼントされた極上の稚内限定の日本酒 小さなホテル[燈]のカーテン越しの灯台

ノシャップ岬に隣接する「小さなホテル燈(あかり)」はとてもかわいい素敵なホテル。外観と同様ホテル内部もしゃれている。思い出深い旅になる。日本海の音が聞こえる。。。揺れるカーテン越しにノシャップ岬の燈台が見える。。。旅情満載である。。。

稚内空港

こちらもどうぞ