旧島松駅逓所~少年よ、大志を抱けの地・寒冷地稲作発祥の地~

 

新千歳空港に着陸。車で国道36号線を札幌方面に向かう。北海道は高速道路を使っても一般道を使っても大して変わらないと聞く。つまり一般道に信号が少なくおまけに走っている車の数も少ないからである。札幌近くになると少しは込み入ってくるがこの36号線島松あたりではまだまだ快適なドライブである。恵庭市と北広島市の境をなす島松川を越えてすぐのところを左折、36号線のわき道を下ると旧島松駅逓所(北広島市)が佇んでいる。

旧島松駅逓所(北広島市)外観 旧島松駅逓所(北広島市)入り口 

旧島松駅逓所(北広島市) 旧島松駅逓所近辺

地図画像

駅逓は明治時代北海道の開拓で駅舎・人馬を備え宿泊や物資運送の場ともなった。そもそも遠く律令の時代「駅」は中央政府の命を地方に届け地方の事情を中央に届けるべく役人が用いた人馬や宿泊の拠点であった。つまりその文字からもうかがい知れるように鉄道の駅ではなく人馬の駅をその発祥とする。1873年札幌本道(現国道36号線)開通に伴って設置された旧島松駅逓所もしかり明治時代の「駅」である。4代目駅逓取扱人となった中山久蔵のとき現在の位置に移設されたそうである。現在国の指定史跡である。入場料は小人・中学生100円、大人200円。

 旧島松駅逓所内部 旧島松駅逓所内部

全長約28mの木造平屋建て建築。内部は台所・上座敷・中座敷・下座敷からなる。その部屋には多くの資料が展示されている。廊下を歩くときのきしむ音が木の味わいを懐かしくさせる。北の国であればあるほどこの木造の温もりは引き立つ。

  寒冷地稲作発祥の碑(北広島市) クラーク博士別離の絵(旧北海道庁2階) 寒冷地稲作開始の碑 中山久蔵の説明

札幌農学校(現北海道大学)開設者の教頭クラーク博士が1877年帰国の際立ち寄り“Boys, be ambitious !(少年よ、大志を抱け)”という名言を残したのはこの地であった。旧北海道庁2階の壁にこの別離の絵画がかけられている。北海道が誇る進取の精神のルーツである。バブル経済崩壊後北海道拓殖銀行の倒産などもあって、北海道は中央への甘えの構造から脱却すべく“試される北の大地”がうたわれるようになった。北海道はクラークの開拓精神を以て21世紀の日本を力強くリードすべきである。特に日本の食糧自給率ををあげる原動力とリーダーシップを北海道に期したい。

あやひめ おぼろづき きらら397 ななつぼし ほしのゆめ ふっくりんこ ゆきひかり ゆめぴりか

また同地は「寒地稲作の祖」中山久蔵(大阪出身)が苦労を重ねて寒冷地稲作を成功させた地でもある。彼は函館から「赤毛」と呼ばれる種籾を買い付け島松川の水を用いて苗代を作った。試行錯誤の末1873年10aあたり345kgの米の生産に成功した。現在北海道米は全国1位・2位を争うブランド米である。

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