新函館歴史探訪~ハリストス正教会・高田屋嘉兵衛資料館~

【ハリストス正教会】

ハリストス正教会(函館) ハリストス正教会(函館)

函館は坂の町。元町公園につながる基坂、函館の紹介には必ず登場する八幡坂、ハリストス正教会につながる大三坂、函館駅からまっすぐ伸び途中高田屋資料館を 通過する幅の広い二十間坂、そして函館ロープウェイの乗り場に行き着く南部坂。。。

ハリストス正教会(函館)

テレビドラマにもしばしばロケ地として登場する美しいギリシア正教会の教会「ハリストス正教会」は大三坂をほぼ登りきったところにある。宗教には無関係でも建築物として函館の絵になっている。ハリストスとはキリストのことであるそうだ。ゴローウニン事件で有名なゴローウニンの『日本幽囚記』に触発されて領事館付司祭として来函したニコライによって1859年(或いは1860年)に建設されたとある。その後火災によって消失し現在の教会は1916年に再建されたものであるそうだ。ギリシア正教会は玉葱坊主のような丸屋根(クーポラ)に特徴があるがこのハリストス正教会も緑色のクーポラが印象的である。ロシア風ビザンツ様式である。そしてこの近辺には「函館元町カトリック教会」「聖ヨハネ教会」といったキリスト教の教会が並んで建っている。函館はエキゾティックな町である。

東京のニコライ堂(東京都神田駿河台 1891年、イギリスの建築家コンドルによる設計或いはロシア人建築家ミハイル=シチュールポフによる設計 現在のニコライ堂は関東大震災後1929年再建築されたもの)のニコライも同一人物でありニコライ堂も彼の日本へのギリシャ正教布教のもと建築された。東京のニコライ堂はギリシア正教のうちの日本正教会にあたりロシア正教会とは別会派である。ギリシャ正教はその国ごとに独立した正教会を設立するあり方を示しているからであるそうだ。

 

【高田屋嘉兵衛の像および資料館】

 高田屋嘉兵衛像(函館) 高田屋嘉兵衛住居跡(函館)

函館は本州との結節点としてまた古くはアイヌ人と和人との交易地として重要な働きをしてきた。特に江戸時代幕末から明治初期にかけては日本の歴史の表舞台に登場する。19世紀初期一連のロシア船の接近に関連して国後島で起きたゴローウニン事件の解決に活躍した高田屋嘉兵衛は函館を拠点とした北前船の商人であった。一民間人が国家の一大事に大きな力を発揮した。高田屋嘉兵衛資料館の資料を閲覧していると江戸時代末期の海防の騒々しい波の音が聞こえてくるようである。

高田屋嘉兵衛資料館(函館) 高田屋嘉兵衛資料館(函館) 高田屋嘉兵衛を伝える物語ビデオ

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