札幌時計台(旧札幌農学校演武場)

 

札幌時計台(演武場)正面 札幌時計台(演武場)入口 赤い屋根の札幌時計台(演武場)を通りから望む

札幌市中央区北一条西2丁目(札幌駅のすぐ北側)に現在の北海道大学の前身札幌農学校があり、この中央部に時計台(札幌農学校の演武場)があった。現在の北海道大学はこの位置より北西に移転したが時計台は150mの移動はあったもののほぼ創建当時のまま135年(2013年現在)の歴史を進行中である。北の開拓精神を具現化する北極星の☆印が誇り高くこの建物の入り口に輝く。時計台を訪れるたびに北海道の開拓精神・進取の気性の素晴らしさを感じる。同時にこの開拓精神を想うとき日本全国に蔓延する画一性・俗物性・大衆性とは一線を画した蒼穹なる精神を感じる。

札幌時計台(演武場)1階のジオラマの展示  札幌時計台(演武場)1階の札幌農学校出身著名人

1877年札幌農学校(現在の北海道大学)初代教頭クラーク博士は学生の心身を鍛える「武芸科」の設置を期して帰国した。クラークのこの発想を継承した第2代教頭ホイラーは武芸科を具現すべくそのための施設を構想し、この構想は開拓使工業局主席技術者安達喜幸の設計・監督のもと1878年10月16日「演武場」として完成した。演武場は札幌農学校の中心に設置された。完成式に出席した開拓使長官黒田清隆による時計塔なるものが必要であるとの発言に基づき1881年塔時計が付け足された。この演武場+塔時計こそ札幌の人気観光スポット「時計台」である。現在に至る135年間歴史を刻み、毎時の時刻を告げる鐘を鳴らし続けている。4面からなる時計塔の時計は振り子式で手動、丁寧なメインテナンスと保存の努力が行われている。国の重要文化財である。

札幌時計台(演武場)2階の講堂兼体育館  札幌時計台(演武場)2階の講堂兼体育館正面舞台 札幌時計台(演武場)2階に展示の振り子時計

演武場の構造は開拓時代のアメリカの建築物を彷彿させるバルーンフレーム様式(広い空間を確保するために大きな柱を使用しない様式)が採用され、塔時計を除けば2階建て(塔時計を含めると約20m、5階建ての高さに相当)の木造建築、敷地面積は平均的住宅2戸分、屋根は合掌天井のとんがり様式である。使用目途としては1階は研究室や展示室等として、2階は教会の礼拝堂を思わせる木製の長椅子が数十席からなる講堂兼体育館として使用されたそうだ。現在1階は時計台に関する資料展示室、2階は1899年に行われた宮部金吾・佐藤昌介・南鷹次郎各氏の学位授与式を再現した講堂風景~舞台正面にモールが飾られている~となっている。階段を昇って2階に上がると、この建物を外から見たこじんまりとしたイメージが一掃されて、「広い」という感覚を誰しも抱くであろう。堂々たるものである。外観は屋根が赤、外壁は白。都会のビルに囲まれているもののその存在感は印象的である。時計台をバックに記念写真でさようならとならぬよう是非とも大人なら200円入館料を払ってじっくり1階の資料を熟読(笑)し、満喫すべきである。北海道には蝦夷の歴史ばかりでなく近代日本の歴史がぎっしり詰まっている。時計台こそその1例である。

地図画像

 

札幌時計台(演武場)1階の「時計台の鐘」展示資料  「時計台の鐘」のオリジナルCDと裏面添付の円形歌詞カード

 

1922年高階哲夫作詞作曲による「時計台の鐘」が北海道ソングとなっている。館内の売店でかわいいオリジナルCD(作詞作曲:高階哲夫 うた:えりか・ほなみ *2人とも札幌出身の高校3年生)が購入できる。このCDにデザインされた時計は“恋が実りますように”の意を込めた5時1分を指している。♪時計台の下で逢って 私の恋は はじまりました・・・♪(「恋の町札幌」)など時計台を歌詞に登場させる唄は数多い。

 

♪♪♪時計台の鐘♪♪♪ 

1 時計台の鐘が鳴る 大空遠くほのぼのと

静かに夜は明けてきた ポプラの梢に日は照りだして

綺麗な朝(あした)になりました 時計台の鐘が鳴る

 

2 時計台の鐘が鳴る アカシヤの樹に日は落ちて

静かに街は暮れてゆく 山の牧場(まきば)の羊の群れも

黙ってお家へ帰るだろう 時計台の鐘が鳴る

 

札幌時計台(演武場)2階の窓から市街通りを望む   時計台のイラスト入りマグカップ

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