北海道・夏の風

短い北海道の夏。真夏でも肌寒いという年もあった。しかし近年は温暖化のせいか「小樽であぶり焼きを食べて暖を取りたい」という夏はあまりなさそうだ。とはいえ新千歳空港に着陸して飛行機のドアが開くとひんやりした空気を感じる。北海道を体感する一瞬である。

苫小牧~支笏湖

富良野~空知川~ 

真夏の北海道ドライブは最高だ。エアコン無しで窓を開けっぱなしにしてさわやかな風を自然のまま満喫する。車窓に広がる開放的な風景、まっすぐな道、緑の草原。何の理屈もなく、いかなる憶測もなく。あまりに自然な時間と空間。人間も生き物である限り自然の一部だ。北海道の広大な風景に溶け込んでいく。日常の人為的な時間と空間の狭量さは一笑に付す。

占冠村

タンパク質に関する研究は生き物の生物学的構造という意味において人と動物との距離を縮めたように思われる。お互いこの自然という大きな集合の中にいる有限な要素の一部だ。人間と動物は生物学的に言えばタンパク質からなる似た者同士だ。生きとし生けるものへの親近感がわいてくる。

ストレスに対して身を守るために血液中にフィブリン(=血液凝固に関与するタンパク質)が作用し一時的に「血栓」が創生されるそうだ。いっぽう有酸素運動によって細胞分裂が活発になりミトコンドリアが増産され体内に新鮮な酸素が供給される。その結果ストレスホルモンは雲散霧消する。新鮮な酸素ヘモグロビンが供給される。「人間は結局は寿命まで懸命に生命活動を持続させなくてはならない」自然の一部である。

支笏湖岸  

車窓に映る北海道の素晴らしい景色がいつか見られなくなる人生の終焉がやって来る。しかし、メキシコからカナダまで本能の命ずるままに往復7000kmもの「長旅をする(その間世代交代をしていく)」オオカバマダラという蝶・日本列島を2000㎞縦断するアサギマダラという蝶と同様延々と続く時間の一瞬にわれわれは短い人生としてこの舞台に登場しているだけでやがて別の人たちが次の時間の新しい登場人物となる、というふうに思い切らねばならない。この一瞬を大切に感じ味わうことが生きることなんだ。

猿払村

20世紀の記録映画を観る。この映像の中で楽しそうに談笑している人々はほとんど今やこの世に存在していないだろう。20世紀の歴史映像に登場するヒトラーもスターリンも毛沢東もそしてこの政治の犠牲となった膨大な人々も「夏草や兵どもが夢のあと」だ。自分も親しい人もみな必ずや天地に浮遊する蜉蝣のごとしである。

屈斜路湖・美幌峠

音威子府の蕎麦畑

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