ウトナイ湖

ウトナイ湖 

ウトナイ湖は苫小牧にある湖。最深1.5mほどの湿地といったほうがいい湖である。湿地保護を定めたラムサール条約登録地でかつサンクチュアリ(自然保護区)。マガン・ハクチョウ・カモ・オオジシギなど渡り鳥の中継地で有名だが、数百からなる生物の生息地である。湖畔にある野生鳥獣保護センターではこの湖・湖畔に飛来する鳥類・水生動植物に関する多くの展示物と詳細な解説が開示されている。改めて日本は自然の豊かな国であることを認識する。

 ウトナイ湖 ウトナイ湖

生きる本能に従ってとはいえ何千キロという長い渡りを繰り返すハクチョウやガンやオオジシギの渡りは人間の視点からすれば脅威である。シベリアから日本にやってきてまたシベリアへ。。。南半球のオーストラリアから日本にやってきてまたオーストラリアへ。。。メキシコからカナダまで世代交代をしながら旅するオオカバマダラという蝶もしかり。。。本能の命ずるままにけなげに生きる動物たち。しかし人間だって大局的にみれば生から死へ向かってつかの間の時間をこの地球で過ごしている一過性の渡りをしている。輪廻の考えはどうなんだろう。一過性という真実に対する抵抗なんだろうか。

ウトナイ湖入口の消毒マット

家族も友人も街を行きかう人もみんな寿命に向かっている。その不可避性を考えるといずれやって来る自分のこととして覚悟して諦念するしかない。「夏草や 兵どもが 夢のあと」(芭蕉)。今時間を先取りして夏草の昔日の中にある自分の姿を思い浮かべる。大正時代の東京の写真に笑って映っている和服の女性も昔日の中にいる。サルトルもカミュもカール=ポパーもカルロス=クライバーも昔日の中にいる。影も形もない。何も存在しない。もしあるとすれば灰になった人骨としての人体だ。

 ウトナイ湖野生鳥獣保護センター

しかし、唯一その思想や音楽を相続した。唯物的にでなく映像や写真とともに思想や音楽という遺産をその後に生きている人間は相続しそれを人生観として生きている。肉体は亡くなっても思想家の思想はその後に生きる人間を生かしている。死んでしまった本人は知る由もないが現につづく世代の人たちはその思想で生きている。人間の絆とは時間の移ろいの中でむしろ片務的に継承されていく。その意味で人間は不老長寿(=perpetual youth and long life)だ。

サンクチュアリ保護センター内の展示

風にかき消される笑い声も励まし合う歌だってみんな寂しい有限さの逆説だ。しかしこの有限な生自体が継承の中で無限性を持っていくのかもしれない。ウトナイ湖サンクチュアリにいると生きとし生けるものへの愛着が一層増大してくる。1日でも長く生きることをそしてその瞬間瞬間を実感していたいものだ。心身の建康をずっと維持して。

苫小牧名物ほっき餃子  

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