小樽祝津の絶景~鰊御殿・日和山灯台~

 日和山灯台とホテルノイシュロス小樽   ホテルノイシュロス小樽

北日本海の小樽・余市・増毛・留萌・苫前といえば江戸幕末から昭和50年代くらいまで(ピークは明治時代)鰊漁で大いに栄えた歴史がある。毎年3~5月メスの産卵にオスが放射するシーズンにはオスの精子で海一面乳白色になる群来(くき)という現象が起き、それに合わせて年間最高時には100万トンのほどの水揚げがあり、大きな網元ではこの一時期だけで現在のお金にして約1億円の収入があったそうである。

 鰊御殿 鰊御殿入口鰊御殿内部

 

鰊漁の出稼ぎ労働者ヤン衆は漁の時期には100人ほどがともに寝泊まりして鰊漁に徹したそうである。北海道鰊漁の歌「ソーラン節」が聞こえて大いに活気のある港であった。特にシーズンは小樽の港は鰊で足の踏み場もなくなったそうである。

 ♪ソーラン節♪

  ヤーレンソーラン ソーラン ヤレン ソーランソーラン ハイハイ

  男度胸は五尺のからだぁ ドンと乗り出せぇ波の上 チョイ

  ヤサエンエンヤー ァサーァのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ

 

  ヤーレンソーラン ソーラン ヤレン ソーランソーラン ハイハイ

  舟も新らし乗り手も若い 一丈五尺のろもしなる チョイ

  ヤサエンエンヤー ァサーァのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ

 

  ヤーレンソーラン ソーラン ヤレン ソーランソーラン ハイハイ

  沖の暗いのは北海あらし おやじ帆を曲げぇかじをとれ チョイ

  ヤサエンエンヤー ァサーァのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ

 

  ヤーレンソーラン ソーラン ヤレン ソーランソーラン ハイハイ

  おやじ大漁だ昔と違う 獲れた魚はおらがもの チョイ

  ヤサエンエンヤー ァサーァのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ

 

鰊御殿展示物 鰊御殿展示物 鰊御殿内部と私

小樽の経済は鰊が左右しそれはロンドンの相場まで動かした。小樽は北のウォール街と言われた。鰊御殿の存在は北日本沿岸にいくつか残っているがかつての繁栄を物語っている。そればかりか、たとえば、小樽観光に欠かせない「日本銀行小樽支店」「小樽商科大学」さらに現在ではガラス工芸品店・飲食店オルゴール店などとして再利用されている数々の倉庫群など鰊で繁栄した小樽経済を物語る証拠品をうかがい知ることができる。

日和山灯台の案内板 日和山灯台 

しかし、1950年代半ば群来も現れなくなり鰊漁は止まってしまった。鰊漁の消滅理由は①乱獲 ②気候の変化 ③森林伐採による生態系の破壊(森林の破壊⇒川から海へ流れてくる栄養塩類の減少⇒植物プランクトンの減少⇒動物プランクトンの減少⇒鰊の減少) などがあげられるといわれる。近年久しぶりに群来があったそうで、北日本海の鰊漁復活への兆しかと期待が寄せられている。

 

祝津の小樽市鰊御殿はもとは歴史によれば1897年積丹半島の泊村に建てられたものが1957年に70周年を記念してこの祝津に移築されたもの、現在では北海道有形文化財となっている。高島岬の先端には灯台守の夫婦を描いた映画「喜びも悲しみもいく歳月」(木下恵介監督 1957年 高峰秀子・佐田啓二主演)の1つの舞台となった現在使用されていない日和山灯台(1883年点灯~2010年閉鎖)がそびえ立ち、一段下ったところにこの鰊御殿が港を向いて立っている。ここからの眺めは最高に素晴らしい。登り口には駐車場があり、対面する半島の先端にはおたる水族館、さらにその上方には丸いラウンジを抱く有名な「ホテルノイシュロス小樽」がそびえたつ。灯台・ホテル・鰊御殿は岬先端の先端の絶壁にそびえ立っている。。「ノイシュロスホテル小樽」は恋人と訪れると絵になりそうであるし、いっぽう今は廃墟となった「日和山灯台」はサスペンス・ドラマのラストシーンのロケ地にうってつけのようで。。。

にしん街道の木碑文 小樽祝津の港

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