十勝音更の白樺並木

十勝音更の白樺並木   十勝音更の白樺並木  

最も北海道らしさ=雄大な自然美を味わうには道東に行くべきだ。

十勝音更の白樺並木

十勝牧場に通じる十勝音更の1.3㎞ほど続く白樺並木。広々とした田園風景。寂寥の感を際立たせる晩秋の夕風。直線的に林立する防風林。佇む。

十勝音更の白樺並木

こんなに素晴らしい日本の食糧基地十勝も近代以降国の政策に翻弄されてきた。それにも拘わらず食の深さが 追求され濃厚な北海道の味が提供されてきた。農業従事を拒む厳冬の中、「ゆめぴりか」「ななつぼし」「ふっくりんこ」「インカのめざめ」「メイクィーン」など数々の品種改良を経て、我々はこのような極上の北海道の農産物に出会えているのだ。十勝の田園風景に出合うと誰しも幸福な気分になる。

 

20世紀ドイツの実存主義哲学者~彼は自分のことをそう分類せず存在論の哲学者と自称したが~マルティン=ハイデッガー(1889~1976)は人間の存在を「世界ー内ー存在(In-der-Welt-sein)」と把握した。外在する事物や事象は自分とは切り離された独立した世界という有りかたをせず必ず何らか自分と結びつける意味を持って存在する。たとえば、人はある風景を見たときその風景は何かある経験や関連事項を伴って視神経を経て脳に反応する。それは同じ風景であってもほかの人が見た風景とは別な意味を持っている。その経験や関連事項は「自分の世界」の内に発生している内容である。その内容が他者とほぼ同一であったり類似しているものであってもそれはいつまでも他者のもので自分とは切り離れた別在したものである。自分とかかわりを持ったものが世界であり「世界ー内-存在」の世界である。ハイデッガーはそのような「世界-内ー存在」という有りかたをする人間は存在の意味を問う特別な存在=現存在(Dasein)とし物のように単に存在するだけの事物的存在=世人(Das Man)とは大いに異なっていると主著「存在と時間(Sein und Zeit)」で記した。

 

ルソーやキリコの絵画のような道東十勝の風景も「世界ー内-存在」に映る風景である。

十勝音更の田園風景 十勝音更の白樺並木

地図画像

 

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十勝牧場の案内板  音更高校前のバス停

 

帯広豚丼のレトルトパウチ