東京大学世界史論述問題~「俯瞰と因果」の視点~

横浜金沢文庫すずらん通り
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vol 1 大論述問題トピックス

1 モンゴル時代のユーラシアの経済・文化的交流
~陸路と海路の交易~(2015)
 ①陸路:ジャムチ⇒ムスリム商人の隊商貿易⇒イスラーム天文学。
 ②南シナ海・インド洋における海路貿易
  ダウ船によるムスリム商人の陶磁器・香辛料貿易。
  イラン産顔料による景徳鎮の染付。中国絵画⇒イランにおける細密画。
 ③紅海・地中海における海路貿易
  エジプトのカーリミー商人による東方物産。
 ④陸路・海路交易によるヨーロッパへのアジアの風土病ペストの伝播
  ⇒中世西欧の封建制崩壊。

2 19世紀ロシアの対外政策(2014)
 ①神聖同盟(1815)⇒ロシアの地中海進出⇒イギリスに阻止され失敗。
 ②三帝同盟⇒勢力均衡、ベルリン会議⇒独露の対立。
 ③トルコマンチャーイ条約(1828)⇒英露の対立。イギリスによるインド防衛。
 ④アロー戦争・露仏同盟⇒日露の対立。

3 17~18世紀のカリブ海・北アメリカ両地域における開発・非白人系の人の移動とそれに伴う軋轢(2013)
 ①ユトレヒト条約(1713)におけるイギリスの奴隷貿易独占権。
  ⇒大西洋三角貿易。
  ⇒奴隷貿易による蓄財⇒イギリスの産業革命。
 ②アンリカ独立革命・フランス革命。
  ⇒黒人奴隷の覚醒およびハイチの独立(1804)。
  ⇒奴隷貿易廃止。
  ⇒クーリーの流入および混血。
  ⇒差別意識の低下。
  ⇒アメリカ南部奴隷による綿花栽培。(⇒南北戦争およびアメリカの国家統合⇒強国アメリカ合衆国の成立)
  ⇒白人下層労働者の移民への反発およびアメリカ移民法改正(1882)。
 *2020年1月31日のブレグジットの背景に類似。

4 アジア・アフリカ諸国独立の過程とその後の動向(2012)
 ①ガンディーの独立運動。
  ⇒ヒンドゥー・イスラーム分断=インドとパキスタンの成立。
  ⇒インド・パキスタン戦争。
 ②エジプトにおけるワフド党の独立運動。
  ⇒イギリスのスエズ駐屯。
  ⇒ナセルにおけるアラブ民族主義の高揚=イギリス排除。
 ③ホー・チ・ミンのインドシナ共産党。
  ⇒フランス・アメリカ排除。
  ⇒社会主義ヴェトナムの経済的行き詰まり。
  ⇒ドイモイ政策への転換。
 ④シャルル10世による悪政からの二重の過誤。
  ⇒アルジェリア進出および植民地化。
  ⇒長期にわたる仏領アルジェリアに対するアルジェリア同化政策。
  ⇒「宗教的標章法」(2004)に対するフランス国内での宗教的軋轢。

5 イスラーム文化と他地域への影響(2011)
 ①正統カリフ時代・ウマイヤ朝時代におけるイスラーム世界の拡大。
  ⇒古典古代の文化を吸収とヨーロッパ世界への再輸出。
   ・12世紀ルネサンス:スコラ哲学の完成やされるの大学の医学。
  ⇒インド数学(ゼロの概念・十進法)は、フワーリズミーによる代数学の確立、数学はイスラーム経由で世界へ伝播。
  ⇒イスラーム天文学はジャムチ経由で元の授時暦の作成。
  ⇒「タラス河畔の戦い」経由で製紙法が西伝。

ゲームを終えて(愛知県豊橋市のテニスコート)

vol 2 小論述問題トピックス

1 17世紀オランダの商業覇権を背景にグロティウスは「海洋自由論」「戦争と平和の法」を著述した。20世紀インドネシアの独立な ど植民地を失ったオランダはEU成立に関与した。オランダの覇権的行動。(2010)

2 南アフリカ戦争での戦力損害がイギリスの凋落への端緒となった。(2010)

3 キリスト教は絶対真理主義的で他宗教不寛容傾向があり、イスラーム教は他宗教に寛容であり、儒教・仏教・道教は政治権力の脅威にならない限り他宗教を容認した。⇒条件付き寛容。(2009)

4 明代には家内工業の発展が綿花や桑の栽培を盛んにさせ稲作地域の移動を余儀なくさせた。(2008)

5 中世ヨーロッパの農業革命は東方植民の背景にもなった。イギリスにおける囲い込みなどにみられる18世紀の農業革命はユトレヒ ト条約におけイギリスの奴隷貿易取得権とともにイギリス産業革命および資本主義形成の背景になった。また産業資本家の要求がもたらした穀物法廃止はイギリスの自由貿易体制を確立させた。(2007)

6 フランス革命は国民が国家主権を有する主権国家を成立せしめ、国民は自国意識を高め、ナショナリズムを生み同時に徴兵制を成立させた。徴兵制はナショナリズムの具現である。ナポレオン戦争・両大戦はいずれもナショナリズムを基盤に置いた。(2006)

7 カール=ポパー(19~20世紀の科学哲学者)によれば宗教思想における真理とは反駁可能性の余地を残さない宗教的真理である。科学的社会主義を標榜するマルクス主義は反駁可能性の余地を残さない点で宗教真理的である。これに対して物理学や化学など自然科学は常に反駁可能性の余地を残す。ニュートンやアインシュタインにおける物理学はその点で科学的真理の領域にある。中東問題が未解決のまま持続している背景には絶対的真理=非科学的真理つまり宗教的真理の主張の繰り返しがある。

8 日本国憲法の成立(1946)は日本の民主主義国家の成立を、朝鮮戦争を背景とした自衛隊発足(1954)は日本の西側諸国への編入を意味する。(2005)

9 アメリカが白人側・ソ連が黒人側を支援したアパルトヘイトの廃止(1991.2)の背景にはそれがゆえに冷戦終結(1989)がある。またベルリンの壁崩壊(1989.11)がマルタ会談(1989.12)のきっかけとなった。

10 ヨーロッパにおける「17世紀の危機」は銀の流出を阻止し国富を重視する重商主義経営の本格化を呼び、またヨーロッパへのアジアからの銀の逆流を誘導する三角貿易を誘導し、イギリスの産業革命を推進させた。(2004)

11 スエズ運河の開通・モールス信号・無線電信といった交通・通信の変革は列強によるアジア・アフリカ地域の植民地化を助長し、ガンディーなどによる独立運動や民族運動も活発化させた。(2003)

12 エジプトは、「エジプトはナイルのたまもの」がゆえにその穀倉地帯がヒクソスやアッシリアの侵入のターゲットになった。プトレマイオス朝エジプトもその穀倉地帯がゆえにローマの属州になった。近代になると列強の植民地政策における戦略的位置のターゲットになった。(2001)
13 理性を重んじる啓蒙思想は中国の儒教や科挙を合理的なものであると高く評価した。しかし思想統制・典礼問題などにみられる清の統治はフランスが評価する中国の在り方とは相反するものであった。(2000)

14 ①アメリカ合衆国の自由・平等の理念はラテンアメリカ諸国の独立に寄与した。②しかしその結果独立を成し遂げたラテンアメリカ諸国はその担い手であったクリオーリョによる寡頭支配が存続し植民地的なプランテーション経済が横行した。このような前近代的なラテンアメリカ諸国は南北戦争後国家統合を果たしかつフロンティア消滅後の新たな市場拡大を嘱望していたアメリカ合衆国の格好の餌食になった。カリブ海政策・パン=アメリカ主義を呼んだ。(1998)

15 ①辛亥革命・中華民国の成立およびソ連の成立がモンゴル人民共和国の成立を呼んだ(1924)。②チェコスロヴァキアにおけるズデーテン地方のドイツ人の少数民族扱いはヒトラーの介入を生み第二次世界大戦の導火線の一翼を担った。③オスマン帝国が失った中東地域は英仏の委任統治領に置かれ戦後の中東問題につながった。(1997)

16 女性選挙権(1918)・アイルランド自由国成立・イギリス自治領
リス連邦の成立・宥和政策・スエズ撤兵・ポンド切り下げはいずれも大英帝国の凋落の具現である。女性選挙権付与は第一次世界大戦における総力戦という背景もある。(1996)

17 西アジアにおけるイスラーム世界のイニシャティヴは概ねアラブ系⇒イラン系⇒トルコ系という変遷をたどった。特にイラン系からトルコ系への交替はそもそもイラン系諸国家による奴隷(マムルーク)の需要こそがトルコ系の発展と強大化に起因する。具体的にはトルコ系の西トルキスタンつまり「マー・ワラー・アンナフル」への進出をその始まりとする。

18 ヴェトナム戦争(1965~1973)におけるアメリカの敗退はソ連のアフガニスタン侵攻(⇒ソ連版ヴェトナム戦争)を呼び、このアフガニスタン侵攻に対してアメリカが支援したビン=ラーディンが武装組織アル=カーイダを率いて2001年の9.11事件を引き起こした。またソ連のアフガニスタン侵攻は冷戦およびソ連の崩壊につながった。また冷戦の崩壊はイラク戦争(2003)にみられるようなアメリカが結成した有志連合による単独行動主義やネオコン(新保守主義)を導出した。

19 ①16~18世紀絶対主義期に独立した主権を持つ主権国家が生まれた。②18世紀市民革命を経て市民階級を基盤とする主権国家に変遷した。③19世紀主権国家はラテンアメリカ諸国など非欧米諸国に拡大した。④アジア・アフリカ地域における主権国家体制の成立は第二次世界大戦後のことである。(1992)

20 ①ブワイフ朝など軍事政権の台頭はカリフ制を名目化した。②イクター制は地方分権化を助長した。③オスマン帝国が握った聖地管理権はカリフ制度の後継を意味したが、やがて聖地管理権はカピチュレーションのもとフランスに移行した。のちこれを理由としたクリミア戦争が勃発した。④アクバル大帝のジズヤの廃止およびイスラーム・ヒンドゥー融和策はムガル帝国の中央集権化を企図したものである。17世紀後半アウラングゼーブのジズヤの復活は各地に反乱を招きムガル帝国の分権化を促進した。⑤オスマン帝国は17世紀以降の徴税請負人たるアーヤーンが台頭して分権化が進み帝国の凋落につながった。(1991)

21 フランスは当初パナマ運河建設を請け負ったが、建設現場の労働者がマラリヤの罹患した。当時マラリヤの対処法が確立していなかったからである。フランスはパナマ運河建設を断念した。

22 19世紀初期のヨーロッパの文芸思潮におけるロマン主義は18世紀における理性万能の啓蒙思想の反動であり、19世紀半ばの写実主義はロマン主義の反動および労働運動など社会問題発生の背景に起因する。

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