ニセコ~有島武郎記念館~

 

マッカリヌプリ(羊蹄山) ニセコアンヌプリ

地図画像

 

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“北海道の冬は空まで逼っていた。蝦夷富士といわれるマッカリヌプリ(=羊蹄山)の麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打ち寄せるうねりのように跡から跡から吹きはらっていった。寒い風だ。見上げると八合目まで雪になったマッカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に歯向かいながら黙ったまま突立っていた。 ”(有島武郎「カインの末裔」(1917年発表) 北海道文学の原点と評される作品)

「カインの末裔」「或る女」「小さき者へ」「生まれいずる悩み」。。。有島武郎(1878~1923) 。。。白樺派の作家。。。波多野秋子と軽井沢の別荘で情死。。。

旧有島武郎邸(札幌近代美術館) 

ニセコの羊蹄山(マッカリヌプリ)の麓に広がる広大な旧有島農場跡地に白亜の有島武郎記念館がその大自然の静寂さと極寒のどう猛さとを深く感得して佇んでいる。

一般的な言い方をすれば、有島武郎は人道主義・白樺派の代表的作家であったが、その情死事件に触れるにつけ、太宰治同様、端的には俗物であった。同時にその恵まれた境遇と才能がかえって未熟で狭量な判断力・価値観に彼を閉じ込めた、そして文明開化以来の一貫して外見的な欧化主義と大正デモクラシーという空気も手伝った、という視点も存在する。

有島は、情死する前にはすでに「波多野秋子に退屈していた」と自ら知人に語っている。有島の情死は十分分かっていて「断りきれないで死んでしまう」というふうに映る。或いは彼が本当に「死」をこの機を利用して望んだのかも知れないが。。。少なくとも第3者からはそう見える。しかし、第3者は評論家であり、第3者には当事者の現実はない。

有島武郎記念館(ニセコ)有島武郎記念館(ニセコ)

ニセコアンヌプリやマッカリヌプリを有するニセコにはいかにも北海道らしい雄大な空間に加えて美しさと静寂さと冬のどう猛さが移り変わる。乾燥したさわやかな風とまるで永久に続くかような鈍色の冷たい吹雪が行き過ぎる。何度も訪れたいと思わせてくれる魅力にあふれている。有島武郎記念館のある旧有島農場の眼前にマッカリヌプリがそびえる。そして明治・大正期の地主制の歴史を思う。

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