新函館歴史探訪~函館文学館・石川啄木函館記念館~

 

函館といえば、歴史の都市。歴史的建造物や石碑など数多くの歴史遺産を探訪できる。何度来ても「もう一度行ってみたい」と感じさせてくれる町である。

函館空港から函館市街地に向かう途中の大森浜には石川啄木の像や歌碑が立っている。石川啄木(1886(岩手県南岩手郡日戸村)~1912 享年26歳)は函館をこよなく愛し~彼が函館にいたのはわずか132日間であったが~死ぬ時は函館で死にたいと述べていたほどである。啄木に関する資料は、この大森浜の石川啄木函館記念館や函館市街末広町の函館市文学館で閲覧できる。大森浜の歌碑には以下に記す有名な歌が刻まれている。

函館支文学館

“砂山の 砂に腹ばい 初恋の いたみを遠く おもひ出づる日”

“潮かをる 北の浜辺の 砂山の かの浜薔薇よ 今年も咲けるや”

“東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる”

*いずれも「一握の砂」(1910年出版)所収

石川啄木は大逆事件(1910)に対して「時代閉塞の現状」を記し政府の社会主義弾圧を批判した。この論文原稿も函館文学館に展示されている。明治・大正・戦前の昭和のこのような歴史は我々に明治憲法に記されている“法律の範囲内における自由”を身にしみて感じさせる。中央集権・ナショナリズム、そのような風潮に対峙するリベラリズム・自然権に基づく自由権・永久不変の自由権・公共の福祉に反しない限りの自由権。。。我々は民主的な現憲法の基本的人権の堅持したいものだ。人間は人間を支配してはいけない。人間はその意味においていつも平等でなければならない。丸山真男の「である」ことと「すること」における「であること」にウエイトがかかるとその人は成したことも無ければその人の人となりも知らないのにただ「えらい人」だけの理由で礼儀を重んじることになる。人間としてその人を知ってこそ礼儀や尊敬の念が生まれるものだ。吉野源三郎が「君たちはいかに生きるべきか」の中で『・・・君がしみじみと感じたものを大切にすべきだ・・・』とコペル君に述べたように、常に内心の声に正直であるべきだ。

戦争への大きな要因の一つとされる「ファナティシズム(熱狂)」或いは「群集心理」のことを鑑み、生命の大切さを第一に思い、それが政治や経済とは引き換えがたい存在であることを心に銘記すべきである。

湯川から新川に至る海岸に積もった砂山を大盛と呼んだそうでそれがのちに大森になりこのあたりの浜を大森浜と呼ぶようになったそうである。上述の有名な啄木の歌に搭乗する「砂山」や「白砂」はこの大森浜の砂である。 大森浜の歌碑に函館の海風が通り抜ける。啄木の短くも豊かな心情に満ちた人生がさわやかに通り過ぎるようだ。

「初恋」は石川啄木の“砂山の 砂に腹ばい 初恋の いたみを遠く おもひ出づる日”の歌((上述)に越谷達之助(こしたにたつのすけ)が1938年に曲をつけた名曲。

  この曲は日本の歌曲を集めたたくさんのCDで聴くことができる。特に鮫島有美子(ソプラノ)が歌っているCDはお薦め。彼女は日本の歌曲を歌うソプラノ歌手の第一人者といっても過言ではない。彼女の流れるようなルバートのかかった歌唱とビロードのような音色のソプラノは叙情的な日本歌曲の魅力をすばらしく引き出す。

鮫島有美子の[日本の歌]のCD[初恋]所収 啄木カレー(石川啄木函館記念館)

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